2016/02/22

帰還 見えぬ道筋5年(上)「楢葉は終わりでねえか」 戻った町民5.9%

2016年2月22日 産経新聞
http://www.sankei.com/affairs/news/160222/afr1602220024-n1.html

かつて福島県楢葉町の玄関口としてにぎわったJR竜田駅周辺では、過酷な現実が広がる。商店はシャッターを下ろし、民家の玄関前は雑草が伸び放題だ。

町の各所には除染廃棄物などを詰めた黒色のフレコンバッグと呼ばれる大型の土嚢(どのう)袋も保管されている。夕暮れ時、高台から住宅街を見下ろすと、多くの民家が雨戸を閉め、街灯だけが点々と光っていた。

町の大部分が東京電力福島第1原発の20キロ圏内にあり、東日本大震災翌日の平成23年3月12日から町の判断で町民が一斉に町外避難した。その後に国が出した避難指示は昨年9月5日に解除されたが、2月4日時点で帰還したのは町民約7400人の5.9%に当たる約440人のみだ。

いわき市に約5500人、茨城県に約230人、東京都に約140人…。多くの町民は避難先にとどまっており、新居を構えて根を張る人も相次いでいる。

昨年9月に避難指示が解除されたが、帰還はわずか400人ほどの福島県楢葉町。
JR竜田駅周辺は閑散としている=10日、福島県楢葉町(宮崎瑞穂撮影)
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「地震前はみんなが周りにいたから、毎日お茶を一緒に飲むなど楽しかった。今は寂しい」。同町井出木屋の無職、松本義美さん(78)はこうこぼした。自宅と先祖の墓がある故郷への強い思いから妻と2人で戻ったが、隣近所は無人のまま。連絡先すら分からず、交流は途絶えた。

震災前に同居していた長男家族も避難先の千葉県内で生活を続ける。子供が通う学校を変えたくないことが大きな理由だ。松本さん自身も週2日ほどはいわき市の仮設住宅で過ごす。

「仮設住宅の町民で『帰る』と言う人は少ない。いわきには店も病院もたくさんあって便利だからね」

町内を南北に貫く国道6号沿いの仮設商店街では飲食店2店とスーパーが営業する。町内には複数のコンビニエンスストアもあるが十分とはいえない。

町は来年春に多くの町民に戻ってきてもらう「帰町目標」を掲げ、環境整備の一環として商業施設の誘致に力を入れるが、そこで厳しい現実に直面している。

仮設商店街と、原発事故の対応拠点がある「Jヴィレッジ」(楢葉町、広野町)でスーパーを営む根本茂樹さん(54)は町側から大型スーパーの出店を打診され、町の復興を進めるため出店する方向で検討しているが「非常に困難でリスクが伴う」と漏らす。

現在の主な客層は廃炉作業などに携わる作業員で総菜や酒が売れるが、売り上げは震災前の3分の1程度だ。一方、店の従業員約20人の雇用維持のため年間7千万円の赤字を余儀なくされ、東電からの賠償で何とか営業を続けている。

「客単価が高いファミリー層が町に戻り、1日1千人単位の客が来ないと大型店経営は成り立たない」。ハードルは高い。
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鈍い帰還の動きは企業誘致にも影を落とす。町は被災地支援の国の補助金を活用して工業団地などに5社の誘致を決め、約130人が採用される見通しとなった。しかし、間もなく本格操業をスタートさせる住鉱エナジーマテリアルが採用した約50人のうち町民は9人にとどまり、町内在住者はわずか1人だった。

町新産業創造室の磐城恭室長は「避難先で仕事を見つけた人もいるため、雇用創出が必ずしも町民の帰還に結びついていない。誘致している企業側からも『働く人はいるのか』と懸念する声が出ている」と話す。

2月1日には県立診療所が開設され、来年4月には小中学校も再開予定だ。町役場では帰還加速への期待も膨らむが、悲観的な町民も少なくない。妻ら家族3人と戻った無職、猪狩茂さん(65)は諦観した様子でこう表現した。

「全町的な避難をした時点で町はなくなったようなもんだ。このまま過疎化して終わりでねえか…」

原発事故から間もなく5年が経過するが、大規模な避難を余儀なくされた福島で帰還が進まない。全域避難を続ける自治体の住民の帰還希望も低い。終わりの見えない苦悩と模索を探る。



【用語解説】避難区域の現状
国は東京電力福島第1原発事故の影響で放射線量が高いとして、6町村の全域と、3市町村の一部に避難指示を出している。放射線量の高い順に「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の3段階に分かれ、帰還困難区域は立ち入りが原則禁止で、住民らが車で通行する際は許可が必要。国は居住制限区域と避難指示解除準備区域について来年3月末までに避難指示を解除することを目指しており、解除されれば全域避難中の6町村では帰還困難区域以外で帰還が可能になる。これまでに田村市や川内村の一部、楢葉町で避難指示が解除されている。

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