2016/06/15

子どもの甲状腺がんだけなのか チェルノブイリ30年

2016年6月15日 朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASJ6H4VLTJ6HUBQU009.html

首の手術痕を隠すため、襟の高い服を着ていた。2006年3月、ベラルーシ南東部の都市ゴメリのゴメリ医科大学で、がんで甲状腺を摘出した医学生6人に話を聞いた。

マリーナ・イワンチコワ(当時22)は、2歳でチェルノブイリ原発事故に遭い、10歳で手術を受けた。「プールにいる私を見て、母が『のどが腫れている』と気づいた。それほど大きくなっていた」

タチアナ・クラフチェンコ(同21)は9歳で摘出した。「手術で声帯が傷つけば、声を失うといわれた。手術痕がきれいなのがうれしい」

がんで甲状腺を摘出したゴメリ医科大の学生。
さりげなく襟の高い服を着ていた=2006年3月

チェルノブイリ事故の健康被害として、「子どもの甲状腺がん」が知られる。だが、原子力の平和利用を進めるとする国際原子力機関(IAEA)は、なかなかこれを認めなかった。事故から5年の1991年5月、チェルノブイリ事故の健康への影響に関するIAEAの国際会議が、ウィーンで開かれた。私も取材した。

いまでは信じられないが、報告書は「統計上は健康への影響は見られない」。ウクライナとベラルーシの研究者が「こんな報告は認められない」と大声で抗議し、会場は異様な雰囲気に包まれた。

ベラルーシの事故対策特別委員会議長ケーニクは「報告書から『甲状腺がんの増加はない』との表現を削除して欲しい」と求めた。両国は共同で記者会見し「報告書は楽観的過ぎる。受け入れられない」と抗議した。

だが、議論がかみ合わないまま会議は閉会。両国の主張に対し「地方の医師が見まちがったのだろう」と軽く見る雰囲気があったように思う。

「子どもの甲状腺がんの増加」がようやく認められたのは、95年のIAEAなどの国際会議。ゴメリの学生たちは手術を終えていた。

ここでも放射線の影響は「子どもの甲状腺がんだけ」との結論になった。

地元の研究者は、甲状腺以外のがんや心臓病、免疫系の病気、胎児の奇形など、さまざまな影響を主張する。たいていは「被曝(ひばく)との関係の証明が不十分」と批判される。

証明が難しいのは、患者一人ひとりの被曝量の推定ができないからだ。事故処理の作業では、線量計を持つのは分隊長だけといった話が多い。食べ物による内部被曝では、事故後の生活や移動の情報が必要になる。さらに「英語の論文が評価の対象」との空気もある。

今年3月、事故処理作業者でつくる「チェルノブイリ傷病者の会」のメンバーにミンスクで会った。

ミハイル・コワリョフ(75)。事故直後の2カ月間、原発近くで水路建設などを指揮した。脳の血管障害や白内障のほか、ほとんどの内臓が悪い。「病気の花束だ」。看護師だったタマラ・コレスニク(68)。現地で感染症防止に携わった。42歳で関節が悪化し、働けなくなった。痛み止めなしでは歩けない。手の指の関節が大きく腫れている。「もっと働きたかった。残念な人生だ」と涙ぐんだ。

現場の取材でぶつかるのは、こうした話だ。経験からいって、影響が「甲状腺がんだけ」という結論には大きな違和感がある。事故の実相をあいまいにする。放射能だけに着目するのではなく、ストレスなど事故全体の影響を見るべきだろう。

子どもの甲状腺がんは、いま福島で増えている。

6日の県の発表では計131人。当初は「見つかるのは2・1人」との予測さえあった。県の検討委員会は「放射線の影響とは考えにくい」とする。=敬称略 (竹内敬二)



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