2016/08/23

核の傷痕 続・医師の診た記録/30止 医師の「中立」とは=広岩近広

2016年8月23日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160823/ddn/012/040/028000c

東京電力福島第1原発の事故現場では、多くの作業員が廃炉に向けて、高い線量の下で過酷な仕事を続けている。厚生労働省によると、事故の起きた2011年3月から昨年11月までに4万5891人が作業に従事した。被ばく線量の最も多い作業員は675ミリシーベルトだった。6人が250ミリシーベルト、174人が100ミリシーベルトを超えていた。緊急措置として事故後の3月14日から12月16日までの間、被ばく限度を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げたことによる。

被ばく労働者を診てきた阪南中央病院副院長の村田三郎さんは語る。「累積被ばく線量の多い方の健康状態が案じられます。どこで、どなたが健康診断をして、どのような状態にあるのか、何もわからないだけに気になります。原爆症の認定では爆心地から3・5キロ以内で被爆して、後にがんや白血病になった場合、特別な理由のないかぎり認定するように改定されました。これは1ミリシーベルト前後の被ばくに相当します。ですから広島や長崎の原爆被爆者だけではなく、原発の被ばく労働者もこの基準で健康管理と補償をすべきです」

しかし、厚労省は今年4月、電離放射線障害防止規則を改定して、重大事故が起きたときの作業員の被ばく線量を250ミリシーベルトに引き上げた。村田さんは被ばく労働者の立場から、こう主張する。

「健康管理手帳すら渡していないのに、これだけの線量を押しつけるのは命の軽視です。現在のような下請け労働の差別と収奪の雇用形態では、原発労働者の健康は守れません。確かに下請けの労働者がいないと廃炉も収束作業もできません。しかし私は、原発作業員の身分や生活を守る体制ができなければ、被ばく労働に就かせてはいけないと思います。病気になれば障害年金を支給する、医療費は無料にする、最低限の生活を保障する、といった公的な制度が必要なのです」

村田さんは、水俣病訴訟に取り組んできた経験から懸念がぬぐえないという。「水俣病の認定を棄却された患者さんのカルテを150人分手に入れて分析したことがあります。神経内科と精神医学の医師によって症状の取り方が違っていました。神経内科は、水俣病の運動失調はこうであるはずとの基準を前提にしているので、厳格になります。精神医学はあるがままの所見を取っていますが、高齢者だからこの程度の症状はあるだろうとカルテに記載する。これでは認定が厳しくなり、救済が遅れるはずだと痛感しました」

村田さんは福島を見つめて締めくくった。「水俣が福島で繰り返されてはなりません。しかし御用学者が先頭に立って、被災者の被ばくの影響と健康状態を過小評価しているように思います。医者は被害者・患者の目線で発言すべきで、それが医師として中立の立場ではないでしょうか」
(この項おわり)

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